わたしはAI音楽を100曲以上生成してきましたが、毎回「この曲はどこかで聴いたことないだろうか?」と考えています。AIは大量のデータから学習しているため、アーティストが作成した楽曲に偶然似てしまう可能性はあるのです。
いくまささんイントロは似てるけどせいぜい10%だからセーフ、と考えてはダメですか?
類似性を考える上で肝心なのは、数値だけでなく「どの部分が一致しているか」「楽曲全体の構造がどう似ているか」を総合的に見ることです。
著作権侵害が成立するには「類似性」と「依拠性」(知っていてベースにしたか)の両方必要ですが、類似性が極めて高い場合、依拠性が推認されやすくなります。
AI作品の場合だと学習データの透明性が低いため、この点が実務上重要になるでしょう。今回は類似性の判断基準にクローズアップし、有名判例2つを対比して整理します。
なお判例内では「本質的特徴を感得できるか」という表現が使われますが、便宜上記事内では「楽曲の核心部分が一致しているか」とします。
AI音楽の核心部分が類似してたらどうなる?


2つの有名判例、「記念樹事件(損害賠償請求控訴事件外)」と「しまじろうのわお!事件(楽曲演奏禁止等請求事件)」を見ていきましょう。記念樹事件は日本の著作権法における「編曲」の意義について、裁判所がその解釈を示した判例です。



編曲とは演奏楽器を変えたりテンポ調整することでしょうか?
それもひとつなのですが、法の上での「編曲」は、更に広い意味を持っています。一般的な編曲(=アレンジ)は演奏や音作りの工夫を示す一方、著作権法上の編曲は原曲のメロディやハーモニー、構成などに創作的な変更を加えることをも含みます。
そのため、楽器やテンポを変えるだけではなくて、「新たな創作性を付け加えたかどうか」が焦点になってきます。いわば、この「編曲の境界」が具体的に争われたのが、記念樹事件でした。
この事件は、どの程度の改変であれば法的な編曲と言えるのかを扱ったもので、判断がとても難しいテーマです。「似ているようだけど別物」なのか、「違うように見えて同じもの」なのかが問われました。実際にどういった経緯で争われたのか見てみましょう。
AI音楽の類似性で裁判所が見た「核心部分」とは?


控訴審の裁判所は、両楽曲の旋律を音符レベルで詳細に比較しました。その結果、旋律の核心部分で非常に高い一致があると認定しています。
判決文では「2小節程度の旋律の類似性という部分的な問題ではなく、旋律全体の起承転結の組立ての同一性こそが最も重要」と明言されています。
リズムや和音、編曲上の創作的要素には違いがありました。それでも裁判所は、編曲としての創作性を加味しても、「どこまでも行こう」の核心的な旋律部分が一致していると判断したのです。
第一審と控訴審で判断が分かれた理由
控訴審で争点が「複製権侵害」から「編曲権侵害」に変わったことが、結論を大きく変えました。第一審では、フレーズごとの類似は認めつつも、全体として核心部分の一致を否定します。
一方、控訴審では主張が「複製権侵害」から「編曲権侵害」に変更されました。複製権侵害と編曲権侵害では、裁判所の評価対象が変わります。編曲権侵害として争う場合、「編曲としての創作性を加味しても、元の楽曲の核心部分は認められるか」という観点から判断されることになります。
この争点の枠組みの変化により、核心的な旋律部分の一致が重視され、侵害が認定されたのです。



「丸々コピーしないで」から「勝手にアレンジしたらダメ」に路線変更したと?
過失要件について
著作権侵害が成立する要件は「①既存曲を知っていたこと(依拠性)」と「②核心部分が類似していること(類似性)」です。これらが認められれば、たとえ無意識であっても侵害自体は成立します。
侵害認定があっても、損害賠償は別途「故意,過失など」の立証が必要です。Bさんは「意図的に真似したわけではない」と主張しましたが、裁判所は過失を認定しました。
要は、無意識に似てしまった場合でも、注意すれば避けられたと判断されれば責任を負うということです。だからAIに楽曲作成支援してもらう際も、どのようなデータから生まれたものなのか、いったん立ち止まって確認するのが良いでしょう。
AI音楽クリエイターが押さえるべきポイント
記念樹事件から読み取れる重要なポイントを整理します。
1.数値だけでなく構造も重視:一致率に加えフレーズ構造や起承転結の組立ても総合判断される
2.核心部分の理解が鍵:主題やフックが重なれば侵害のリスクあり
3.検出ツールは万能ではない:Shazamなどのツールで一致無しでも安心できない
4.過失でも責任を負う:「うっかり」でも注意義務違反ならアウトのリスク



原則うっかり屋の私など用心して然るべきですよ。
実感として
どこまでが「影響」で、どこからが「侵害」なのか、線引きを考えるための大切な事案だったのではないかと思います。似ているかどうか、真似したかどうかで争うなんて、決して気持ち良いものではないでしょう。とはいえ、双方がクリエイターとしての主張を公の場で伝えていなかったら、今ごろ音楽は委縮していたかも知れません。
なお、依拠性についてはまた別の場で解説していきたいと思います。
次は、「しまじろうのわお!事件」を見ていきましょう。こちらは類似性が認められなかった事件になります。
テンポやリズムが似ていたら?しまじろう事件が示す境界線


ポップスや歌モノなら「旋律が違えばセーフ」と言えるかも知れませんが、ドラム&ベースなど、リズムそのものが楽曲の魅力を決定づけるジャンルでは、判断の基準が大きく変わってくるでしょう。
「しまじろうのわお!事件(楽曲演奏禁止等請求事件)」では、1審でメロディを含む楽曲全体の類似性が争われ、控訴審ではリズムやテンポの類似が前面に押し出されました。



超有名ビートにメロディやハーモニーだけ乗っけるとか、あり得ますよね。
しまじろう事件の概要
この事件は幼児向けテレビ番組の楽曲募集が発端です。募集条件が細かく指定されていたこと、そして応募者2名のメール送信時刻がわずかな差だったことが、後の裁判で重要な意味を持つことになりました。事件の経緯は以下の通りです。
1審:旋律の相違を指摘される
原告は1審で、両楽曲が似ていると詳細に主張しました。旋律の類似点を複数挙げ、さらに「テンポもほぼ完全に一致している」と主張したのです。しかし東京地方裁判所は、両楽曲の旋律を詳細に分析した結果、次のように判断しました。
旋律の上昇及び下降など多くの部分が相違しており,一部に共通する箇所があるものの相違部分に比べればわずかなものであって,被告楽曲において原告楽曲の表現上の特徴を直接感得することができるとは認め難い
さらに、テンポやリズムが似ている点についても「募集条件により歌詞、曲調、長さが指定されていたことによるもの」として、侵害にあたらないと判断、原告は1審で敗訴しました。
控訴審:「テンポこそが決定的証拠」と戦略変更
1審で旋律が相違しているとジャッジされた原告は、控訴審で戦略を少し変更して第2ラウンドに挑みました。1審でも主張していたテンポの一致をメインに控訴しています。
このように主張してテンポの一致を前面に押し出しました。さらに、両楽曲の歌と伴奏をそれぞれ入れ替えた音源を証拠として提出し、「違和感なく再生できることが同一性の証明」とも主張しました。
法的なものじゃなくAIクリエイターとしての単なる所見を述べますと、楽曲のBPMを既存曲とまったく別物にするなんてのはありえません。もしそれが認められたら、世の中のほんの少しの音楽にしか、著作権が認められないことになってしまいます。



それでも闘わねばならぬときがあったんですよ。
旋律など総合的に判断「リズムテンポだけでは不十分」
知的財産高等裁判所は原告の主張を退け、その理由の中で、音楽著作権侵害を判断する際の基準を示しました。
判断基準
楽曲についての複製,翻案の判断に当たっては,楽曲を構成する諸要素のうち,まずは旋律の同一性・類似性を中心に考慮し,必要に応じてリズム,テンポ等の他の要素の同一性・類似性をも総合的に考慮して判断すべきものといえる
裁判所は音楽著作権侵害の判断において、旋律が最も重要な要素であることを明示しました。そしてリズムやテンポはあくまで補助的要素として考慮されるものとされました。
原告楽曲と被告楽曲のテンポがほぼ同じであるからといって,直ちに両楽曲の同一性が根拠づけられるものではない
そして原告の「テンポが最大の根拠」という主張を明確に否定したのです。リズムやテンポの類似だけでは著作権侵害にならない、と判断しました。



和太鼓メインの楽曲だったらどうなるんでしょうね。
旋律はどう違ったのか?
1審控訴審ともに、裁判では両楽曲の旋律(メロディ)が詳細に分析されました。わたしたちが普段「ドレミファソラシド」と呼んでいる音の高さですが、この動き方が両楽曲でまるで違っていたのです。分析は次のような形で行なわれました。
原告曲では同じ高さの音が続くのに対し、被告曲では一度上昇してから下降するような動きを見せる
例:「ドードードードードー」(ずっと同じ高さ)
例:「ドーレーミーレードー」(上がったり下がったり)
別の部分では次のような違いがありました。
原告楽曲では1オクターブ近く上昇するのに対し,被告楽曲では同じ高さの2音
例:「ド→高いド」(1オクターブ跳躍)
例:「ド→ド」(ずっと同じ高さ)
裁判所はこうした相違点を楽曲全体で複数指摘し、こう結論づけました。
両楽曲は,比較に当たっての中心的な要素となるべき旋律において多くの相違が認められる
テンポやリズムは似ていても、肝心の旋律(メロディ)が違ったため、著作権侵害にはあたらなかったのです。
募集条件の影響も考慮された
また裁判所は、テンポの一致だけでは侵害の決定的証拠にならないと判断しました。その理由のひとつが募集条件の影響です。
両楽曲のテンポが共通する点は,募集条件により曲の長さや歌詞等が指定されていたことによるものと理解し得ることから,楽曲の表現上の本質的な特徴を基礎づける要素に関わる共通点とはいえない
89秒という長さ、指定歌詞、明るく元気な曲調という条件が、結果的にテンポやリズムパターンを似通わせたのです。募集条件ありきでの共通点ですから、楽曲の核心部分の類似とは評価されなかったというわけです。
同じ条件で作れば似るのは自然なことであり、それは著作権侵害とは別の話かも知れません。
2つの事件から見えてくること
記念樹事件では旋律72%一致で「表現上の本質的特徴を直接感得できる」と侵害認定。しまじろう事件では原告が「テンポがほぼ同じで、歌と伴奏を入れ替えても違和感なく再生できる」と主張したものの、旋律の相違を理由に「表現上の特徴を直接感得できるとは認め難い」と非侵害判断されました。
この2つの事件から見えてくるポイントをまとめました。
1. 楽曲の「核心」を見極める
ポップスや歌モノは旋律が核心です。リズムやテンポが似ていても、旋律が独自なら過度に心配する必要はありません。
2. 旋律中心の楽曲なら、旋律をチェック
音楽認識アプリで照合してみるのもひとつの手です(飽くまで参考程度ですが)。音程の動きやフレーズ構造を意識してチェックしましょう。
3. 生成プロセスを記録保存する
プロンプト、使用モデル名とバージョン、生成日時などを記録しておきましょう。万が一の際、偶然の一致を説明する材料になります。
4. 「絶対大丈夫」はない
メロディが楽曲の顔ならリズムパターンの一致を過度に心配することはありません。ただしリズムが核心のジャンル(D&B等)では判断が変わる可能性があります。
極度に不安になる必要はないものの、クリエイターは知っておいて損は無いでしょう。自分の楽曲の核心がどこなのかを理解することが、最大の予防法務と言えるかも知れません。
参考データ
記念樹事件(損害賠償請求控訴事件外)
東京地方裁判所 平成12年2月18日判決(平成10年(ワ)第17119号外)
東京高等裁判所 平成14年9月6日判決(平成12年(ネ)第1516号)
しまじろうのわお!事件(楽曲演奏禁止等請求事件)
東京地方裁判所 平成28年5月19日判決(平成27年(ワ)第21850号)
知的財産高等裁判所 平成28年12月8日判決(平成28年(ネ)第10067号)
文化庁|AIと著作権に関する考え方について
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/aiandcopyright.html
一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)|生成AIと著作権の問題に関する基本的な考え方
https://www.jasrac.or.jp/information/release/23/07_3.html







