Q:AI音楽で「声」を使うとき、なにかしらリスクってあるの?
A:パブリシティ権の侵害です。
アメリカでは州法レベルで「声の無断利用」が違法になり、日本でも文化庁での議論が活発化しています。今後、規制が強化される可能性も十分に考えられます。
AIで生成した楽曲で、「この声、どこかで聴いたような…」と感じることはないでしょうか。わたしは毎度のように生成されたボーカルに既視感を覚えます。プロンプトには「エモーショナルでソウルフルな女性ボーカル」くらいしか書かなくても、どこか既存アーティストに似る気がするのです。
AI音楽で「声」を使う際の最大のリスクはパブリシティ権、すなわち声に宿る人格やイメージの侵害です。2024年3月、米テネシー州では「ELVIS Act」が施行され、声を無断で利用する行為が違法とされました。日本でも文化庁が「AIによる声の模倣」について検討を始めています。
この記事では、声の類似が法的リスクとなるケースをはじめ、AI楽曲の作成と配信で萎縮しないための予防法務を解説します。
いくまささん世の中には自分に似た人が7人いるらしいですよね。
この記事でわかること
・声は守られず、AI音楽の歌声もグレー?
・パブリシティ権とAI音楽の関係は?
・AI音楽でNGの声プロンプトは?
・AI音楽の法整備は2025年以降どうなる?
AI生成音楽の類似性チェックは万能ではありませんが、一定の防御策になりますので、次の記事をぜひご参考になさってください。


AI音楽は「声」が法的問題になる?


「声」はその人を特徴づける要素です。遠く離れていても電話を介した場合でも、声を聞けば相手が誰かわかります。
AIがその声を再現できるようになった今、法律はどう対応しているのでしょうか。まず、声がどのような法的扱いを受けているのか整理しましょう。
法的位置づけ①:著作権で「声」は守れない
声そのものは著作権では保護されません。
著作権法では、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義しています。歌手が歌う楽曲全体は著作物ですが、声という素材そのものは著作物に該当しません。
これは声が表現ではなく「人格的特徴」に近いからです。著作権だけでは声を守ることはできないのです。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
著作権法第2条1項1号:e-gov法令検索
法的位置づけ②:パブリシティ権
ではどうやって声を守るのかですが、日本では「パブリシティ権」という考え方があります。
パブリシティ権とは、有名人の氏名や肖像が持つ経済的価値(顧客吸引力)を保護する権利です。最高裁判所が平成24年2月2日の「ピンク・レディー事件」で、その判断基準を示しました。
ただしこの判例は「氏名・肖像」が対象であり、「声」への適用は現状未確定です。判例の考え方から類推して適用すべきか否か検討中だと言えるでしょう。



依然としてウォンテッドであると。
最高裁がピンク・レディー事件で「氏名・肖像」について示した次の3要素は、声にも類推的に考える上で参考になります。
- 広告/商品化の利用
氏名や肖像(その人の人気や魅力)を、商品の宣伝や販売促進のために専ら利用していないか。 - 経済的利益の侵害
本来なら本人が得られるであろう収益や契約の機会を、無断利用で奪っていないか。 - 誤認/混同の発生
一般の消費者が「本人が関係する」「承認している」と誤解するおそれがあるか。
法的位置づけ③:人格的利益
もうひとつの考え方が「人格的利益」です。
憲法13条に基づく人格権として、声が保護される可能性が論じられています。声は、氏名や肖像と同様に、その人の人格を表す重要な要素だからです。
しかし日本では「声の権利」を正面から認めた判例は、現在のところ見当たりません。法的には確立されていない領域、いわゆるグレーゾーンにとどまっています。


問題実例:アメリカELVIS Act登場
他方、アメリカでは法整備の動きが大きくなっています。
2024年3月21日、テネシー州で「ELVIS Act」が施行されました。正式には「Ensuring Likeness, Voice, and Image Security Act」と言い、1984年に制定された法が改正された形になっています。
エルヴィス・プレスリーの名を冠したこの法律は、故人を含む個人の声や容姿を無断で商用利用することを禁止にしました。
ELVIS Actの条文では、次のように規定されています。
Every individual has a property right in the use of that individual’s name, photograph, voice, or likeness in any medium in any manner.
引用元:Tennessee Code Annotated § 47-25-1103(a)
そしてELVIS Actの特徴は、故人の声も保護対象に含まれる点です。AI技術の進化により、故人の声を精巧に再現できるようになったことが大きな契機となりました。
ひとくちメモ
歌声は「実演」として著作権法における著作隣接権で保護されます。でもAIが声質や特徴を真似して楽曲生成した場合、歌手の声を侵害しているとジャッジされるか、明確な基準はありません。
声というのは楽曲のコアになり得ます。聞いただけで誰かわかるような、作品の中心の存在なのに、「声だからなんとも言えない」みたいな判断も充分に考えられるわけです。
作詞や作曲は保護される可能性が高いのに、声の方はどこか曖昧で、制度がテンポについていってないような気もします。



フリースタイルのラップで舌噛むようなものですね。
そのためAI音楽クリエイターは、慎重な判断が求められると言えます。次の章では、日本での解釈について詳しく見ていきましょう。
AI音楽を含む「声」の扱い|日本国内の解釈


Q:パブリシティ権ってなに?AI音楽とどう関係するの?
A:「有名人の氏名や肖像が持つ経済的価値」を保護する権利です。
例えば商品パッケージに、許可なく有名人の写真を使ったりすると、パブリシティ権侵害リスク大です。
日本では「氏名・肖像」が主な対象で「声」への適用は確立していませんが、それでもAI音楽で特定の有名人の声に似せて歌声生成するのはNGでしょう。
パブリシティ権は、有名人の名前や顔といった「その人だけが持つ要素」の経済的価値を認めるところからスタートしています。
これまで国内のパブリシティ権の中心にあったのは飽くまで「氏名」と「肖像」であり、「声」は想定されていませんでした。
ところが近年、AIの技術が台頭するにつれ、「声の再現」こそ議論されるべきという方向にシフトが進んでいます。「声」をどう位置づけるのかが、これから議論の中心になるのかも知れません。



勝手にべっぴんさんや色男のイメージを使われるとビジネスあがったりですよね。
問題実例①:声優/俳優業界が声を上げた
2024年11月13日、音声業界の三団体である日本俳優連合・日本芸能マネージメント事業者協会・日本声優事業社協議会が共同で声明を発表しました。内容は「生成AIによる声の無断使用」への強い懸念です。
声は実演家のアイデンティティそのものであり、無断使用は人格権の侵害に当たる可能性があると主張しました。
著作隣接権は「実演≒歌唱」を保護しますが、声質や声色そのものまでは守られないのです。ねじれとでも言うべき現行法の限界に踏み込んだ背景には、声の現場の実害や不安があります。
「ちょっと似てるくらいなら大丈夫でしょ」という意見を、業界がそのまま看過するわけにはいきません。
声明では、次の3つの重要なポイントが指摘されています。
- 声は実演家の人格的特徴であり、無断使用は人格権侵害の可能性がある
- 現行法(著作権法や著作隣接権)では声の保護が不十分
- ELVIS Actのような立法措置を日本政府に要望
問題実例②:行政機関も検討を開始
業界だけでなく、行政も動き始めています。文化庁は2024年3月に「AIと著作権」という資料を公表しました。
そこでは、「AIによる声の模倣」は著作権法では保護されないが、パブリシティ権や人格的利益による保護があり得ると明記されています。もっとも、まだ具体的な判断基準は示されていないため、今後の動向を注視すべきでしょう。
同年5月には内閣府も「AI時代の知的財産権検討会」の中間とりまとめを発表しました。AI生成物の著作物性、学習データの権利処理、パブリシティ権や人格権による保護の可能性など複数の論点が明記され、2025年中にはガイドラインが公表される見込みです。


実務的対処法①:許諾事例から学ぶ
では、どうすれば安全に「声」を使えるのでしょうか。
代表的な例が、「青二プロダクション × CoeFont」の共同プロジェクトです。日本を代表する5名の声優が、自身の声を学習させたAIボイスを商用提供しました。ドラゴンボールの孫悟空でおなじみの野沢雅子さんも参加しています。
ポイントになるのは、声優本人と事務所の両方が正式に許諾しているところです。本人の意思を尊重し、正当な対価を支払う形で契約が成立していて、これからの実務モデルの一端を示したと言えるでしょう。
AI楽曲アーティストや音声アドを手掛ける企業などにとって、法的にクリーンな選択肢が整備されつつあります。
もうひとつの象徴的な例が、2019年のNHK紅白歌合戦で話題になった「美空ひばりAI」です。
このプロジェクトは美空ひばりさんの遺族が許諾していたため、法的に問題ありませんでしたが、逆に言えば許諾なき使用は人格権侵害(不法行為)とみなされるリスクがあります。



うちの事務所もカカロットの声で宣伝してほしいですね。
実務的対処法②:慎重な姿勢が最大の予防策
わたしがAI楽曲を生成する中で一貫して守っているルールがあります。「プロンプトで実名や曲名を出さないこと」です。
有名人の名前を出せば、AIは学習データからその人の声質を引き寄せようとし、結果として本人に似た声が生成されるリスクが高まるでしょう。そのためプロンプトでは「ハスキーな女性ボーカル」「力強いジャズボイス」といった抽象的表現にとどめます。
「無名の人の声なら大丈夫なんだろうか?」という疑問も湧いてきますが、声の保護は有名人だけの話ではありません。
パブリシティ権は顧客吸引力のある人の保護を念頭に置いたものですが、人格的利益の観点では無名の人も保護対象になり得ます。
実在するアーティスト名や曲名をプロンプト入力すると、ほとんどはエラーになりますが、まれに生成されてしまうことがあります。この点注意しておいて損はありません。
AI音楽で声を使う際のチェック項目


声はグレーゾーンだからこそ「慎重さ」がものを言います。
わたしがAI音楽を生成してきた中で、これだけは外せないと感じるチェック項目をまとめました。
チェック①:実名でのプロンプトを避ける
有名人の名前を出せば、AIは学習データからその人の声質を引き寄せようとします。結果として、本人に似た声の生成リスクが高まります。
❌ NG例
- 美空ひばり風の歌声
Sing like Hibari Misora - ○○(アーティスト名)みたいな声
A voice like ○○ (artist name)
この場合AIはアーティスト特有の声帯の張り方、母音のクセ、息の抜き方まで再現を試みてしまう
✅ OK例
- ハスキーで温かみのある女性ジャズボーカル
A warm, husky female jazz vocal - 力強く感情のこもったポップスボーカル
A powerful and emotional pop vocal performance
声質や感情など抽象的特徴だけ指定し、特定人物ではなくスタイルとしての声を狙う
また、法的なものではなくテクニック論になりますが、プロンプトが短いとAIはあれこれ誤解する傾向にあります。声の描写は端的なものでは無く詳細を指示する方が良いでしょう。
30代女性のボーカル、低めの声域でしっとりとしたスモーキーボイス。息づかいが多く、官能的なトーンを持ちながらも、力強さを秘めている。ライブハウスで即興的に歌うような、生々しい感情表現。
Female vocalist in her 30s, low and sultry voice with smoky timbre. Breathy and intimate delivery, blending sensual warmth with inner strength. Feels like a spontaneous live club performance, filled with raw emotion and groove.
「〇〇(アーティスト名)風」と指示すれば似た感じはしても薄っぺらで魂がこもっておらず、ファンとしては失望することも考えられます。法的リスクを背負わず理想のAIソングを生成するには、ちょっとひと手間が必要なのかも知れません。
チェック②:商用利用前に規約を再確認
SunoやUdioなどのAI音楽ツールは商用利用可能(ただしサブスクプランに限る)ですが、「他者の権利を侵害しない」という条件付きです。
規約違反はアカウント停止にとどまらず、損害賠償に発展するおそれもあります。商用利用の直前には、必ず最新の利用規約を確認しましょう。
ベストなのは「前回確認したから大丈夫」という思い込みを捨て、都度確認することです。



規約に始まり、規約に終わると。
チェック③:クライアントワークでは契約書に明記
企業案件などでAI音楽を提供する場合、最低限度のすりあわせはトラブル予防のため必須です。
契約前に次のような項目を明らかにしておくことで、受注者と発注者の双方が後々安心できるでしょう。
・AI生成楽曲であること/AI楽曲を下地にしていること
・第三者の権利を侵害していないこと(保証条項)
・万一のトラブル時の責任範囲(免責、補償条項)
AI音楽の国際的な流れと今後の展望


AI音楽を配信して収益化するなら、基本はSoundOnやDistroKidなどディストリビュータ経由での世界配信が前提になります。主要なストリーミングサービス(Spotify、Apple Music、YouTube Musicなど)は配信地域を国ごとに制限できない仕組みが一般的で、作品を出せば自動的に海外にも展開されます。
日本国内だけに限定して配信する場合、自分自身のブログやnoteに音源を埋め込むなどの方法が考えられます。でも、ネットで公開する以上は全世界で閲覧可能なのが一般的ですから、国内限定の運用というのは例外的でしょう。
よってAI音楽で収益化を目指す場合、世界規模で整備されつつあるAI規制について、国ごとの流れを押さえておくことが大切です。
国際展開する上で知っておくべき規制
アメリカでは先述の通り、州法から始まったELVIS Actが連邦に波及しつつあります。ELVIS ActはAIによる声の再現や利用も規制対象とされました。
さらに連邦レベルでは「NO FAKES Act」が下院に提出されており、これが成立すればアメリカで声に関する人格的利益の保護が統一される可能性もあるでしょう。アメリカでは「声=ビジネス資産」という考え方が一層色濃いと言えます。
EUでも法整備が盛んになっていて、特に「AI Act」はAI生成コンテンツであることの明示義務を導入しており、処罰額も最大3,500万ユーロまたは全世界売上高の7%という厳格なものです。
音声だけでなく映像や画像を含めた生成物全体に対する規制枠が整いつつあり、EU圏に関しては、AIであることのラベリングや表示義務を満たす必要があります。
アジア圏でも変化が顕著です。韓国では「AIによる模倣音声」などを含む基本法案が進行中で、表示義務や通知制度が議論されています。中国ではディープフェイク規制が既に運用されており、声の二次利用という観点では最も先進的な環境と言えるかもしれません。
次の記事では各国の規制についてまとめていますので、ご参考までに。


まとめ
日本では、まだ声の権利をめぐる明文法は整っていません。2025年には文化庁などによるガイドラインの公表が予定され、業界団体も立法措置を要望しています。
行政の議論も進みつつありますが、結論が出るまでには時間がかかるでしょう。
その間、AI音楽クリエイターにできることは、「プロンプトで実名を避ける、生成後のチェックを徹底する、許諾の重要性を理解する」といった小さな積み重ねです。派手さはありませんが、安心して創作を続けるための土台になっていくでしょう。
アメリカのELVIS Actを巡っては、技術が法を置き去りにする現実が映し出されました。AIの進化は止まらず、法整備は常に後追いです。
日本でもいずれ声の保護をめぐる規制は強化されるはずで、その時に慌てないためにも、今のうちに備えるのがベストと言えます。
グレーゾーンでの立ち回りというのは、「楽しみながらも慎重かつ敬意を持って」が良いのかも知れません。締めるところは締めるスタンスで音を楽しみたいものです。



お金も稼げたら言うこと無しですよね。
参考データ
テネシー州法|Public Chapter 847(ELVIS Act全文) https://publications.tnsosfiles.com/acts/113/pub/pc0847.pdf
テネシー州政府|Governor Lee Signs ELVIS Act into Law https://www.tn.gov/governor/news/2024/3/21/governor-lee-signs-elvis-act-into-law.html
米国連邦議会|S.3197 – NO FAKES Act of 2024
https://www.congress.gov/bill/118th-congress/senate-bill/3197
最高裁判所|ピンク・レディー事件判決
最高裁 平成24年2月2日判決(平成21(受)2056)
内閣府|AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ(令和6年5月) https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/0528_ai.pdf
日本俳優連合・日本芸能マネージメント事業者協会・日本声優事業社協議会|生成AIに関する音声業界三団体の主張(2024年11月13日)
https://www.actors.or.jp/news/17241/
欧州議会|Regulation on Artificial Intelligence(EU AI Act) https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-9-2024-0138_EN.html
欧州委員会|AI Act: Questions and Answers https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_21_1683
Suno|公式利用規約
https://suno.com/terms
Suno|公式FAQ(Answers to common usage questions) https://help.suno.com/en/articles/9489538-answers-to-common-usage-questions
Udio|公式Help Center
https://help.udio.com/
TuneCore Japan|AIを使用したリリースに関するガイドライン https://support.tunecore.co.jp/hc/ja/articles/45273817681945
DistroKid|公式ヘルプセンター
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